自分の曲について

バンドの曲としてであるが、近々久々に公的な場所に自分の楽曲がリリースされる予定である。色々な思いはあるが、「自分の曲」という物についての見解みたいなものを書こうかと思う。

直近のリリースってのは、先日紹介した白玉tuneの『音』というシングルのカップリング予定の事。白玉tuneについては、結構ちょいちょい書いてたんだけど、今んとこ定着したのは一番最初に提供したこの曲だけ。このバンド、元々の方向性というか自然と確立されていたスタイルは、VoGt柴田バンドみたいな感じ。彼の楽曲だけをやっていて、結構作風が色濃く出るタイプなので、パブリックイメージがつくとすれば間違い無くそうなる予想がつく。どこそこ(バンド)といえば(誰々)みたいなパブリックイメージ自体は全然持たれてもいいんだけど、ライブやアルバムの様に複数曲並ぶ作品が、そのイメージ通りのまま進行するのは、実は好きではない。

空気がガラッと変わる楽曲が挿し込まれる新鮮さとか、それを挟んだ事による流れの変化が後続の曲を際立たせたりって効果が狙い。これね、ある程度ボーカルの個性が立ってないと統一感が無くなって逆効果になるので、ある程度クセの強いとこじゃないとそもそも曲出ししようと思いません。逆説的に言うと、こいつに歌わせれば余程おかしなもんでなければ大丈夫だという事で、巣作りし始めるみたいなイメージかな。そもそもプレイヤー志向でないので、基本は制作しやすいポジショニングが取れるバンドに生息する感じ。

似通ったもん書いても仕方無いってのもあるし、俺ならこう活かすみたいなものを書こうと思う。逆にそのバンドのカラーが色濃く出ているもので吸収できたものは、他で使おうみたいな意識があるかな。とりあえず明確にカラーが違うので、聴けば一発でわかると思います。

旧知の友が先日のライブに来てくれたんだけど、あの曲だけお前のだろ?とわかってくれました。まあ作風もそうだし、やり口も昔と変わんないからね。

そんなわけで、コピバン以外で私が参加するライブなり音源なりに触れる機会がありましたら、間違い探しみたいな感じで聴いてくれるのも1つの楽しみ方かなと思います。間違いが見つからなかったら、そこに未来は無いかもねw

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